メソアメリカ,ここグアテマラ高地。マヤ人のまち,そして心の故里でもある。緯度の上では熱帯地域には入るのだが,日中はともかく朝夕は冷える。寒暖の差が激しく気候も不順である。
カリブ海岸や,大平洋沿岸地域の低地一体は年中暑く,熱帯の樹木が茂り,草花が咲き乱れると言うのに,ここでは所によっては雪も降る。海抜2000m前後のグァテマラ高地の地形が,複雑な自然環境を辺にもたらしているのだ。
この地にはかって驚くべき進んだ古代文明が栄えた。未だ多くの謎を残しているあのマヤ文明である。天文学や数学が特に進んでいたらしく,その精度の高いマヤ暦は,2千年も前にすでに1年を365日と定め,現在の私達の暦と1年で数秒しか誤差がないものだったと言う。
精度の高いマヤ暦は,こうした複雑な自然環境のなかでで農耕を営む為には何よりも大切なものだったのだろう。やがてそうした精度の高い暦を,操リ職として司るものが生まれる。農業の為の天文学が,権力者や神官達の格好な支配の用具となり,さらに複雑な暦が創られてゆくのだ。
こうした流れは,どこの古代文明にも共通しているように思えるが、マヤの世界は,これらに生贄を捧げる習慣が加わったり,その滅亡の仕方が謎めいていて随所に暗い不透明さをともなう。余りにも現代の私達の生き方からすれば,非日常的な事が多く推測さえも拒んでいるかのようでもある。
その上,16世紀に始まるスペインの侵略は強烈で、そうしたマヤの姿を一層不明なものとさせてしまった。彼等征服者はこのマヤの地にキリスト教を始め,母国の町のスタイルを強引に築いて行く。それが今日中南米全域に観られ白い壁と,素焼きの瓦に象徴されるるコロニアルスタイルと呼ばれる都市である。