少数民族トン族は木の民だ。彼等の造る木造建築は今でも釘や金物類を使わない。簡単な建築なら未だしも、6角形、8角形とか、多角形の木の建物、しかも立体的にもかなり複雑な建築までも、釘金物を持ち得ず築いてしまう。
驚いた事にそこには建物の完成を伝える図面らしきものもないのだ。
全てが大工棟梁の頭の中に在り、職人達は棟梁の意図のままに木を切り、刻み加工する。
それらのバラバラに切り刻み造られて行く木の部品を、こんどは棟梁の指事のもとに寄せ集め組み立てて行くと、何時の間にか素晴らしい建築が出来てしまうと言う訳だ。何か近代建築の学問や、技術を学んだものには手品しか、魔術師の話のように聞こえてしまう。
その木の魔術師トン族を訪ねる事になった。場所は中国の少数民族が多く住む南部山岳地帯、広西チワン族自治区にある三江トン族の自治県である。
中国には56もの異なった民族が住んでいる。そのうち漢民族が92%を占めているそうだ。つまりそれ以外、55民族が少数民族と言う事になる。トン族はそのうち250万人、三江自治県には20万人近いトン族が住んでいるという。
トン族の造る木の建築を知ったのは、ヨーロッパ行きの飛行機の中で偶然開いた機内誌であった。それは風雨橋と題して清流と棚田を背景にした屋根付きの美しい橋の写真であった。
世界には屋根を持つ橋は珍しくない。近いところでは中年の御夫人方をワクワクさせたあの映画「マディソン群の橋」も確か木造屋根付き橋だった。
屋根の大きな役割は、木造の橋を雨風から守る為に築かれているのに違いないが、トン族の造る風雨橋は屋根が橋上で幾つかに分かれ、さらに4~6層もの塔の姿をしていた。まるで橋に沢山の花が咲いたような優雅な姿に思えたのだ。
「単に雨を避ける為の橋の屋根ならそれほどまで、装飾的で造形的な造りにする必要はないだろう。」そうした疑問と思いがトン族を訪れた一つの大きな理由だった。