アルプスの中央部(スイスアルプス)を例に取ると、18世紀頃までその90%以上の人びとがそうした地域に住み、牧畜や農業を営んでいたと言う。
牧童達は、冬期は麓の村で過ごし、アルプ(高所)に若草が萌え始める五月頃に羊や山羊等の家畜を連れて上る。家畜が辺りの草を食べ尽くすと、次の場所へと移動する。こうして2000m前後のアルプを草を求めて移動するのだ。その数こそ少なくなったが、いまでもアルプスのあちらこちらに見られる昔と変わらぬ風景である。
今日に残るアルプスの素晴らしい木造建築の多くは、そうしたアルプスに生きる人びとの農業や牧畜に対応した施設が多く、その造りや姿は各々に個性的であり、多種多様である。
それらの建築が,少なくとも世界の多くの国の木造建築に強い影響をあてえてきているのだ。フランスアルプス、サボオアの山地アボンダンスで訪れた集落は、緩やかな大屋根と、妻入りの美しい外観が特徴であった。軒下に沢山の薪を積んである佇まいが、昔と変わらないこの地の生活を伝えているようで、心を打たれる。
集落の背後は、緑の牧草地と針葉樹の森。辺りを見渡せば、谷や牧草地の起伏が繰り返し連なり、そしてそれらに這うように幾つかの集落が見られる。その彼方のモンブランの白い峰と重なり、輝くばかリ美しい景色を造り上げてた。
アルプスに見られる集落の多くは、木造校倉で、今日かなり老朽化している。その大屋根の内部は、2~3層になっていて、1階が人間の居住部分と家畜の場である。2~3階はそのほとんどが干し草置き場であるから、大きく見える住居も内部に入ると、人の場は意外と少ない。
住居は家族の住まいであると同時に、大切な家畜の住まい、そして生産の場でもあるのだ。つまりアルプスの自然の中で生きる為に必要な関係や、用具や、機能の集積されたた場、それは人間と動物の砦でも在るのだろう。その姿が私達には美しいアルプスの木の家並と映り、そして胸を打つのだ。