集落だ。それも砂漠の土の色と同調した素晴らしく美しい集落。ムザップの谷のガルダイヤである。椀状の斜面に隙間なく埋めつくされている建物は住居であろう。どれもが矩形をして、ほぼ中央が四角に抜き取られている。中庭である。砂漠の照りかえす陽射しは、その中庭にはとどかないようで、黒い陰の斑点を鮮やかに残している。その黒い斑点が住居の数だけある。数千個はくだらない。まるで中央に黒い斑点を残した蛙の卵のように、有機的な集合体にも見える。
奇妙な形の塔はモスクのミナレットで、それに向かって、細く黒い亀裂のように走る線は道や路地であろう。砂漠の上から見下ろすと、折れ、曲がり、途中で切れたり、斜面を斜めに回ったりして、複雑な動きをとっている。一本たりとも素直な道路が見られない。
まるで小山に築かれた巨大な迷路。これがカスバなのだ。内部に案内人抜きで他者が入れば、恐らく出るのには難しいことだろう。
前回に続いて古い映画の話しになるが、映画望郷の中で、ジャンギャバン扮する犯罪者ペペルモコが隠れ住んだカスバは、同じアルジェリアでも、海辺のカスバである。この数十倍も巨大な都市であるのだから、そのカスバさえ離れなければ、ペペルモコは一生捕まらずに終ったはずなのだ……などと思ってしまう。今でも行政関係者が調査のためにカスバの内部に入るが、内部に築かれた道路や路地、広場や空地への出入口等は、建物と複雑に絡み合い、実体が把握できてないともいわれている。
この砂漠のオアシス”ムザップの谷”のカスバ、ガルダイヤは、映画のそれほど複雑なものではない。がしかし、調査のために踏み入った私たちは、すぐ真上に見えるはずの塔なのに、道は迂回し、その先で壁に突き当たったり、階段に出たり、路地に入って出口を見失うなど、完全にパニックに陥った。
こうした迷路の造りは、けして偶然にできたものではない。この谷に住みついたベルベル人や原住民たちが他民族からの防御や自立、そして内部秩序を持続するため、高度な技術や経験が投影され、その集大成として築かれたものなのである。
迷路化した道路に、住居は分厚い木戸の出入口を設けるだけで、他に開口部らしきものはない。住居は、道路に対して極端に閉鎖的な構えを見せている。住居が唯一外気に接するのは、その中央に設けた、あの蛙の卵に見えた中庭である。住居の各部屋は、この中庭に面してのみ開いている。中庭は光や外気を取り入れる機能だけでなく、厳しい砂漠の自然を緩和し調整する役割もになっている。
中庭は天空に向かって開いて、人々の息吹の開口部となり、私たちには有機的なものと映った。この中庭を生み出すことで、住居は三方を隣家の壁と接しながらも、住いの自立性を保ち、極限まで閉鎖的に残り得た。斜面一面の住居の過密化はそれで可能になった。カスバの防御性や迷路化はその結果なのだ。
ガルダイヤは、それが最も美しく結実した集落なのだ。このムザップの谷には、そうした集落が七つあり、それらの歴史は十一世紀に遡るといわれる。