ベルベル人の古い集落を訪れるには、アトラスの山中に入るのが一番よい。マラケッシュの町は、そのアトラスの麓に栄えたオアシスの町(メディナ)だ。アトラスに行くにはこのマラケッシュの町を通らなければならない。町は古く美しい。その市場(スーク)には、海のもの(地中海)から、山のもの(アトラス山中)、砂漠(サハラ)のものまでが集まる。
黒人もいれば白人も黄色人もいる。背丈の高い者から小人のような者、動物もラクダや象の大物から、羊や野羊、猿、犬、コブラまで。この市場にないものはない。
売り手も買い手も、民族衣装をまとったり、笛や太鼓をたたいたり、ありとあらゆる手法でアピールをする。ここでは、皆が最高の役者であり、演出者だ。もしも世界で最も楽しい舞台を一つ上げろと問われたら、私は、迷わず「マラケッシュの市場(スーク)」と答えるだろう。それほど、刺激的で、魅力に満ちた町である。
このマラケッシュの町を数百キロ南下すると、アトラスの山中に入る。山は中腹(二〇〇〇メートルほど)にかかると、複雑に入り込み、山肌が露呈し険しさを増す。赤や茶、黄の砂や小石混じりの斜面がいくつもうねり空に聳える。時々、上空から霧がわき立ち、あっという間にあたりを白霧の世界とさせてしまう。
その後は、決まって氷り混じりの雨が降り、うそのように透き通った蒼空が見られる。アトラスの最も輝く瞬間だ。
アトラスに入って二回目、そうした激しい気候の変化にもそろそろ慣れた頃、山が大きく拓けた渓谷に出た。ジズの渓谷と呼ばれるベルベル人の古い集落地帯である。俯瞰すると、渓谷沿いに帯状に鮮やかな緑の林が細長く続き、その緑に接して、土壁の住居がいくつも見える。口の字型に残された場が中庭であろう。その口の字が適度な距離を保ち続けている。まるで土の結晶、それも美しい宝石のようにも見える、ベルベル人の集落(クサール)である。
なつめ椰子の茂る谷に下りてみた。住居は四〇~五〇センチもある分厚い日干しレンガの壁に蔽われている。典型的な口の字型コートハウス(中庭)住居である。基本的には大家族制度をとり、中庭を挟んで家畜や作業場、倉庫などが置かれている。
住居の四隅に高さにして二〇メートルほどの土の塔が四本築かれている。厳しいジズの谷の自然環境の中で家族が生きぬくための、穀物やさまざまな食料、貴重品等が入っている塔だ。内部は極端に閉鎖的で、立体的(二~三層)になっている。
他民族からの襲撃に対しての抵抗と、防御のための塔であるという。これは住居というよりも砦に近い。こうした内部に防御の仕掛を備えた住居群がカスバなのだ。その集合体、つまり集落がクサールなのである。
ベルベル人は、このカスバを築くことで、外敵と厳しいアトラスの自然環境に対峙してきたのである。