建築計画研究所 都市梱包工房

ARCHITECTURE DESIGN & CITY PLANNING OFFICE

 


 

 
第5話  北インド・ティカリ 小さな広場と土壁の家
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  一ヵ月ほどのインド集落調査が終わり、日本に戻ったのは五月中旬。日本の自然がもっとも輝く頃ではあったが、インドのそれに比べると、それはすべてに優しく、瑞々しく感じられた。同じアジアの五月なのに、あまりにも異なる。
 あの身体に重くまとわりついた熱風と混沌とした風景を、どのように理解すればよいのか。数年経った今でも、若葉の五月がくるたびに思い出される対極の風景だ。
 私達は、北インドを中心に三〇件~四〇件の集落を訪れた。ヒンドゥー教徒の集落、モスリムの集落、それらにキリスト教、シーク教などの入り混じった集落等々。集落規模の小さいものから大きなもの、都市に近いものから農耕地や山沿いのものまで、可能な限り多くの集落を見て回った。
 結果は、どれ一つとして同じような集落はなく、それらを通してインドの集落はこうであるとか、その共通性や典型を導き出せなかった。と言うよりも、こちら側(調査する他国者)に、そうしたインドの集落を、その全体像を、自然を、人々を、宗教を解釈できる言葉を持ち得なかった、ということでもある。
 それをヨーロッパナイズされた私達の目の敗北、と位置づけてしまえばそれまでなのだが、同じアジア人、そして同じ宗教(仏教)を根源に持つ者としては、本当に情けなく辛い思いだった。
 必死になって集落を巡り、理解しようにも、インドの集落は手元をすり抜けるように、次から次へと様相を変え、私達の前に現れる。
 北インド、ガンジス川近くの農耕地で訪れたティカリの村は、そうした中でも比較的まとまりもよく、私達にわかりやすいほうの集落であった。住戸数八〇戸、約四〇〇人が住むヒンドゥーの農村集落である。
 ティカリとは、ヒンドゥー語で小さな丘の村という意味らしい。が、丘らしい景観はどこを見てもなく、わずかに農耕地と集落の境界に、土が人の腰ほどに盛られている程度である。集落に続く荒れた農地をしばらく歩くと、小さなヒンドゥーの寺院(マンディール)に出た。ここからがティカリの集落である。
 寺院前には、広場が設けられているが、とくに飾った様子もない。そればかりか、牛の飼葉桶や牛糞が山積みされたり、農具が置かれたりして、どう見ても神を祀る神聖な場とは言いがたい。北インド農村集落には、一つや二つのマンディールはつきものであるが、どれも同じようで、儀式的な装いをとるというより、こうした農作業や生産的な利用の場となっていることが多い。
 

 

   

 

 

 


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