建築計画研究所 都市梱包工房

ARCHITECTURE DESIGN & CITY PLANNING OFFICE

 


 

 
第3話  神々がはためくチベット高原の集落

遥かなるカイラースの山々を巡る旅人の川

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 訪れた時期が九月初旬とあって、大麦(チベット特有のチンコー麦)の収穫期であった。黄金色に色づいた麦畑に家族総出、村中の人々が刈り入れをしている。小さな子供達もいる。
 こうした光景は、チベット高原のどこでも見られる風景なのだ。私達には、それはとても懐かしい心温まる家族や集団の働く姿として映った。がしかし、それはやがて訪れる厳冬に向けて、集落全員で挑む苛酷な生きる姿でもある。
 集落は、それらの農地から少し離れて、黄金の麦畑の端部に築かれていた。四〇~五〇軒はある。住居は基本的には平屋建て。厚さ三〇センチほどの日干レンガが共通の素材である。日干レンガの土壁は、周辺の土を利用しているから、住まいも、道も、広場も、田畑も皆、同じ素材で同じ色である。間取りは、居間、仏間、竈 かまど、寝間の単純なものである。
 家財道具とか装具とかも少ない。土間と土壁、丸太の剥き出しの天井がインテリアである。「風呂、便所はどこですか?」と、主に尋ねたら、家の外を指差した。その指先の方向には、荒地と麦畑が広がるだけだった。
 燃料はヤクの糞。高地で気候が乾燥しているからすぐ固まるという。とにかく家には家畜が多い。ヤク、羊、牛、鶏…など。家族の数十、数百倍の数になる。ここでの家とは、こうした数多くの家畜の居場所を含めてのことであり、人間だけの単独の住居は成立しない。
 それらの家畜の場は、居住部分の前や隣に日干レンガの囲み庭として、続けて設けられている。囲み庭は、家畜の囲いでもあるが、農作業や収穫物の囲いでもある。したがって家畜が多く、農業が熱心な家ほど、この囲み庭が構築的になり、数も多くなる。
 居住棟の屋根、その四隅に木の枝をさし、五色(赤、白、青、緑、黄)の布や旗(タルチョー)をどの家も立てている。五穀豊穣、家内安全、魔除け、さまざまな想いを込めた五色の旗や布である。一軒では目立たなくとも、四〇~五〇軒まとまり、屋根にはためく五色の布は壮観でもある。そうした村人達の自然に対する祈願は、熱心な宗教心ともなっているのだ。
 五体投地。全身をぼろ雑巾のようになりながら、聖地を巡る旅をする。私達を震撼させるその行為。チベット人であれば、一生のうち何回となく繰り返すという。これは、私達には正気では考えられない行為と思ってしまう。その狂気の頂点にカイラースの山があり、そこに導く至福の大河としてヤルツァンポ川があるのだ。
 ヤルル渓谷のこの村人達も黄金の麦の刈り入れが終われば、それぞれにヤルツァンポ川を上り、ポタラ宮殿やカイラースをめざし、巡礼の旅に出るのだ。
 

 

   

 

 

 


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