建築計画研究所 都市梱包工房

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第1話 天竜杉

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連載のはじめに
 
 日本の国土は67%が森林である。先進国でそれに近いのは、スウェーデンとフィンランドくらい。ちなみに、アメリカは25%、ドイツ31%、イギリス9%、森林王国とみられるカナダも27%と、意外と森林面積は少ない。
 私達の多くは、日頃、住まいに始まり家具や日常の様々な生活用具に至るまで、その木材にお世話になっているにも関わらず、森林の事はほとんど知らない。
 森林を見ないで木を語り、その木を知らないで建物を築き、ログハウスをつくったりしているようなもの。一片の木板にも柱にも、それをたどっていくと、加工した人や職人につながり、山林、そして森林につながります。製品、素材、人(職人)、環境(森林)、こうした一連の関係が、そして仕組みの充実が、日本を世界でも有数の木の文化国として高めたのだと思います。
 人、物、環境といったこうした関係は、ものづくりの現場を考えた場合、守っていかねばならないものだと思いますが、現在、全国各地で、その関係が崩れだし、破綻する傾向にあります。そこで、かつて銘木を育んだ全国各地の森林を探訪し、木の文化の原点でもあるその実態をリポートしていきます。
 木造建築界および木質材料学の著名学者である杉山英男先生を総合アドバイザーとして迎え、全国各地の林業地域の森林および集落、そしてそこに残されている木の文化を報告していこうと考えております。 また、そうした森林文化のなかから21世紀につながるログハウス、いわゆる日本型ログハウスの火種を探していければ、と思います。林業の証、三色の緑の谷で天竜杉は育まれる。
 
 春野は、南アルプスの最南端にある森林の町だ。「尾根“松”谷“杉”中腹“檜”という言葉を知っていますか?」これは昭和55年5月、私がこの地を最初に訪れたとき、案内役の林業者・西野栄男さんから投げかけられた質問である。見わたす限り、谷から尾根へと、鬱蒼と茂る緑の斜面が山に入ってから30~40分も続いたころだっただろうか。それにただ唖然と見とれている私を気遣ってのことと思う。同じ緑の谷と見えるかもしれないが、緑にもいくつかあって、それが春野町のような林業地域の山に入ると、3つの層に分かれているというのだ。
 そういわれてみて改めて山を熟視してみると、たしかにその通りで、谷の近くは茶色がかった緑の斜面、スギ林だ。その中腹に目を移すと、暗緑色で小さな熊手を無数にかざしたように、ふさふさした緑の層、ヒノキ林。マツ林は、山の頂上や尾根筋に、少しブルーがかった緑の層を見せていた。
 各々の緑の層の重なりに大小はあるが、おおむね、どの山もそのような3つの層が見える。熱心な林業者のいる山ほど、この層は明瞭になる。なぜなら、その層は、林業者がいかに斜面に立ち向かっていたか、斜面を生かしてきたかという生き様の表現だからだ。湿気を好むスギは谷筋に、痩せ地や風当たりが強い尾根はマツや広葉樹に、穏やかで肥沃な場を好むヒノキは中腹へとなっており、林業者の研鑽を樹木が証明している。眼前に広がる風景は、いってみれば、長年かけた林業者の地形了解と、植林技術を表現した巨大な絵なのである。谷を埋め尽くす緑のスーパー・グラフィック。人の描く絵に一枚たりとも同じ絵がないように、この斜面には、一つたりとも同じ緑の模様はないのだ。“尾根松、谷杉、中腹檜”。忘れられない言葉である。そうした林業者からの言葉を思い出しながら、数年ぶりに春野を訪れた。
 春野町は森林面積が町の92%を占める山間の町であり、また、美しい川の町でもある。
 町の中央を流れる気田川。これに町の北部より南に向けて、3本の川が加わる。石切川、杉川、熊切川である。これらの川に多くの支流があるから、町内には大小170本もの川が流れている。春野の林業は、山間を網の目のように流れるこれらの川によって育まれてきた。山間地域で切り出された木材は、それらの支流を通じて気田川に集められ、やがて天竜川に入る。天竜市は、この春野町のような周辺林業地からの材を集めて、かつては、海を渡って深川へ、江戸へと材を送ったという。
 俗にいう日本三大美林、そして天竜杉といったような材のブランドは、実はこうした川を通じた地域連携が生んだものなのである。春野町に代表されるように、今でも川沿いに市町村の重要な施設が建てられているのは、天竜川周辺のこの地域がいかに林業に、木材に夢をたくし、力を入れてきたかを物語っているのだ。
 

 

   

 

 

 


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