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第9話 西多摩杉

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林家を脅かす高額な相続税と林業の実態

 東京の森林の抱える問題はまだある。開発問題や、相続税を含めた高い税金の問題だ。このふたつの問題は、林業そのものをダメにしてしまう根本的問題である。林家がなくなれば森林もなくなる。私たちそれぞれの前から67㎡/1人という緑がやがて消えていくということなのだ。これは川上だけの問題ではない。森林のもつ大きな役割を考えれば、川下にも大いに関係する問題なのである。そうした東京の森林を今回訪ねることができた。池谷家はあきる野市(’95年に五日市町と秋川市が合併して生まれる)の秋川支流、養沢川沿いにある180haに及ぶ古くからの熱心な大規模林家である。
 訪れたのは4月中旬。江戸時代の中期に建てられたという母屋、白壁の倉、土蔵などが、深い山を背景に中庭を囲むようにして並んでいた。取材に応じてくれたのは、池谷キワ子さん。枝打ち作業がきれいな色で描かれた名刺には「育林業」と記されていた。上品な姿格好からは、とても自ら林業作業を行うなどとは想像もできない女性だ。が、しかし熱心な林業家であった父親が平成3年に亡くなられたあと、彼女が中心になって山を守っているという。池谷家の山は、6代目当主にあたる方がお金を残し、そのお金で森林を少しずつ購入し、今日の規模にしていったという。池谷家の山には、その頃に植えられた杉、檜の森林が残る。他は多摩地域の多くの森林と同様、昭和30~40年代に植林されたものが多いという。そうしたいわば戦後植林した立木が、林野庁や都の役人がかつて指導していた主伐期の適期50年を迎える。が、そうした山の木を今日、1町歩売っても、手元に少しお金が残れば良くて、時には運搬費や伐採手間で赤字になってしまうという。そこで境界に残る高い木(所有する山の境界に生える木を伐採せずに目印として残す。100年齢以上の木があったりする)を50年ものと合わせて売って、やっと帳尻を合わせているのが現実であるという。「こんなに木材価格が低迷している時期に、可能なら山の木を伐採したくない。売りたくないのだが、税金を払うためにやむを得ず先代の残した木を伐らなくてはならない」という。東京の地価から想定される森林への税は、私たちの想像以上のものであって、それが大規模林家を苦しめているのだ。池谷さんは現在相続税を支払い中である。多額の相続税は、とても一括して支払える額ではなく、15年の延納申請をして支払っているのだが、その利息まで含めると限界に近い額であるという。

 「さあ、それでは山を案内しましょうか」といって池谷さんは立たれた。目指すのは池谷家の誇る140年齢の杉と檜の美林である。ところが、なんとその美林は、池谷家のすぐ裏山にあった。まさに里山の林業なのだ。池谷家の西側を流れる小井戸入り沢に沿って数分登ると、大人ひとりでは抱えられそうもないほどの杉林に出る。直径にして1m、高さ30m近いものもある。斜面の中腹や尾根沿いには檜や樅なども見られる。いずれも杉同様、通直な姿で天に向かって直と立っている。林床には榊、青木、白樫などが立ち、その下に木いちごや裏白などが茂っている。140年齢の立木の森林ではそれぞれの樹一本一本に神々しい表情があって美しいが、それにもまして、樹々に寄り添うように茂る低木や下草はなお美しい。
 「もう少しすると斜面一帯にシャガの花が咲くのよ」そして池谷さんははるか尾根沿いの明るい緑の斜面を指差した。竹林である。「5月には竹の子も出る。木苺の実も熟れる。山は四季を通じて自然の恵みを与えてくれる」ともいわれた。池谷家にとって山とは杉や檜の立木だけではなく、自然そのものなのだ。さらに杉の巨木を見つめながら静かにいわれた「この裏山の木を売る時は池谷家の林業が終わる時かもしれません」自分の代ではそうしたくないが、高い税金を含め、林業を取り巻く諸状況に、このまま進めば未来はないといわれるのだ。
 
 

 

   

 

 

 


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