建築計画研究所 都市梱包工房

ARCHITECTURE DESIGN & CITY PLANNING OFFICE

 


 

 
第58話  バルト海の集落 風車と竈
 


 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
空は澄んだ碧、草原を吹き抜ける風は時々民家の木々を揺らす。風景は緑に満ちて確かに晩夏を伝えているのだが、吹く風は冷たく秋から冬へのものなのです。
 
集落のはずれに風車群が在ると聞き風の中を走った。暫くすると林の向こうに塔のような細長い建物が見えた。それは高さ十数mもある木造の風車小屋である。4~50m程の距離をおいて同じような風車が道にそって数棟築かれていた。
 
「エストニアは海辺の国です。辺りに1500島以上の島が在り、そうした島では今日でも風車が利用されている」と案内人が言う。私達が訪れた場所は国の広大な民族博物館である。
 
話では、かって集落には必ずと言って良い程に風車が築かれていて、時には数十棟の風車を持つ集落もあったらしいのだ。風車の機能は風を利用した粉挽きである。だから風車小屋の背景には年間を通じて風がある事を示し、そして食料の生産地としての農地が控えている事になる。かっては空に聳え建つ風車の数が、その集落の耕作地の広さや、豊かさ、富を象徴していることに繋がっていたのだ。
 
バルト海沿岸だけでなくヨーロッパの海辺の集落には、こうした風車の在る風景が良く見られる。エーゲ海やオランダ等はその代表とも言える。いずれもその国、地域特有の自然(風)を巧に利用した人々の知恵、それが独自の形となって楽しい集落景観と見せてくれるのだ。
 
同じような粉引き小屋でも、山岳地や水郷地帯では風ではなく水を利用した装置になる。水車小屋、この景観はヨーロッパよりどちらかと言うとアジアの国々に多いように思う。
 
風を利用した風車、水を利用した水車のある風景は、粉引きに機械化が計られるつい最近のまで、世界中の至る所で見られた集落景観であった。考えて見るとかっての集落にはこうした自然を利用したり、結びついた施設が他にも沢山在ったように思う。
 
そうした施設が集落景観に特長を与えていた。それらが近代化の中で機能をなくし少しずつ消えて行っている。その結果集落は街は自然とどんどん離れて行って、住いだけが残り、固有の景観を失って行くようにも思うのだ。
 
パンに必要な粉はもはや集落背景に広がる農地に無関係に、経済や流通経路に乗った店で買えばよい。金さえあればより安く、サービスの良い店を選ぶ事ができるのだろう。
 
そうして失うのは施設(風車)だけでなく、やがて背景の農地や自然へも波及する。多様であった集落と多くが無関係になり、気づいたときにはどうしようもなくなっている。
 
この流れは世界の多くの集落で起きている事だ。我が国のように今や振り返るその痕跡すら無くしてしまった国も多いのだから‥‥‥。
 
風車小屋の前で身ぶり手ぶり、熱心に説明する案内人に申し訳ないが、その熱意に胸を打たれながらも私にはもう戻れない所まで来ている彼等の、言わば集落の解体、その時代の流れを強く感じてしまっていた。
 
風車と離れて「つるべ井戸」が設けれれている住居を訪れた。これも前回お伝えした茅葺き屋根の佇まえと驚く程、日本の民家に似ている部分であるが、現在は使用される事がないらしい。部屋に案内され入ってみた。
 
住居の間取りは大きく居室部分と作業をする場所に分かれていた。それぞれの部屋は外観に似ず閉鎖的でない。どちらからと言うと開放的で大きなワンルーム住居のような造りをしている。その中央に漆喰で塗固めた巨大な竈(ペチカ)が置かれていた。大きさ3m四方もあるような代物で、竈と言うより漆喰の壁に幾つかの開口を持つ部屋である。調理と暖房を兼ねた竈なのだ。
 
だから巨大な竈の壁は内部が煙道になっているので調理をすれば暖まり、その結果竈に面した部屋が暖まる仕組みになっている。竈を建物のほぼ中央に配置していたのは各部屋に均等に暖を与える為なのだ。分厚い漆喰の竈は手に触れてもそれ程熱くなく、一度暖まると一晩中暖かいそうである。冷える夜は竈に寄り添って寝たり、竈の一部をベッド変わりにする事もあるらしい。一年の半分以上にもなる長い冬を過ごす為の生活の知恵なのだ。
 
丸太小屋の壁にあけられた小窓から彼方に移築された風車小屋が見えた。かって家族の為にパンを焼いたこの巨大な竈も、粉引の小屋同様今では殆どの家から姿を消して、食卓には店から買った出来合いのパンが並ぶと案内人が嘆いていた。風車も竈も地域の自然を巧みに生かし人々の知恵の結晶、集落に聳え建つその景観は皆が生きている証であったはず。起りつつ在る変化はもう誰にも止めようがないのだろうとも思った。
 


 

 
 

   

 

 

 


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