建築計画研究所 都市梱包工房

ARCHITECTURE DESIGN & CITY PLANNING OFFICE

 


 

 
第56話  バルト海の集落と住居
      破壊された民家と集落
 


 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
中世の美しい都市、タリンを離れると暫く郊外の住宅地が続く。都市の充実した景観から打って変わっての無表情な建築の姿になる。ここ数十年の間に一斉に築かれたのか、同じような住居が繰り返し道路の両側に続くのだ。その上人陰も疎らで何か人間臭さを感じない郊外風景に思えた。
 
八月下旬のエストニア、午後の10時頃でもまだ太陽は林の奥に在り、周囲は明るいのだ。時折、思い出したように雨が降る。これを繰り返しながら夏が過ぎ、やがて秋になり9月後半からバルトは永い冬を迎える。
 
車で小一時間走ると風景は林と牧草地、それに農地が入り混じったものになる。時々民家がが林の中に見られる。本来ならこれからが私達の集落探訪と個性豊かな民家を求めての旅がはじまるのだがしかし、行けども行けども現れる民家の表情は、郊外住居のそれと変わりなく見えた。
 
集落も同様で個性的と呼ぶには程遠い。平行して並ぶ家並みは画一的で何か工場の作業棟のようにさえ見えて来る。変化に飛んだ木々の緑や草原になんとも合わない風景である。建築が自然と無関係に建っているのだ。それは人々の生活の温もりや潤いを感じない、無機質な愛のない集落景観に思えた。
 
同行した学生がつい数時間前まで滞在した個性的な都市の造りと郊外の景観の違いに驚いて「これほどまでにソ連の農業集団政策は貫徹していたんでしょうかね」と聞いてきた。支配国への農業効率を求めて、ソ連の行った農業政策は結果として、各地各国にこのような風景を生み出していたのだ。効率的な労働と生産の為には民族の個性や、下手なアイデンティティは邪魔になるのだ。それらの政策や支配に抵抗する住民の虐待に始まり、強制労働、そしてシベリヤ抑留等、それらはつい最近まで行われて来たと伝えられる。激しいソビエト化は民族の団結心だけでなく、住まいや生活、その風景まで変えてしまったのだろう。学生の質問にただ頷くしかなかった。
 
若干の違いは在れ、この先に続くこの景観はバルト三国に共通した農業景観や郊外景観なのだろうとも思った。この国には都市はあっても私達の求めるような集落や民家は消されてない。少なくともソ連支配が貫徹され出した1940年以降、かっての伝統的な民家や集落は破壊される事は在っても、築かれる事は無かったのだろう。
 
私達は生きた集落調査を諦め、ソ連に統治されない時代の伝統的民家や集落が、移築保存している野外博物館が在ると聞きそこを訪れる事にした。そこは周囲を森と海に囲まれ広大な敷地にあり、かっての生活を再現しながらの生きた集落の保存域となっていた。破壊から逃れた17世紀~20世紀初頭の伝統的な民家が中心であった。
 
出入り口の管理事務所さえなければここは自然の集落そのものである。幾つかの集落の間は森や林で囲まれ、湖が在り、川が流れ橋がかかる。日本の茅葺き屋根民家そっくりの住居、丸太組の教会、学校等。広い農地には野菜がつくられ麦が色ずいていた。牧草地に遊ぶ牛や羊の群れ見ながら集落の小道を奥へと歩いていたら、民族衣装を着た数人の娘さん達にあった。
 
何処に行くのか、と訪ねたら村外れの集会所で、音楽祭が在ると言う。娘さんの後について集会場に向かった。集会施設は巨木利用の校倉建築、室内はすでに多くの人で賑わっていた。民族衣装に民族楽器、若い人に年老いた人、様々な姿格好をした人々が楽しそうに踊りそして歌っている。まるでタイムカプセルで届けられた夢のような空間がそこにあった。
 
人々の無心に踊るその中で1988年の夏にエストニアで起きた出来事を思い出した。25万人にもの多くのエストニア人が、ソ連からの民主化と独立を求めて野外音樂堂に集まり伝統的な民族音楽を歌った。
 
「歌とともに戦う革命」と言われる出来事である。その集会が走りとなって3年後のバルト三国の独立へと繋がるのだ。その時の様子もきっと、このようであったのかも知れないと思った。独立に繋がる要因は、もちろん他にあったろう。がしかし、人々が何の血も流さず独立を迎えられたのは、伝統的な歌による抗議が大きい。その行為が民族の心を癒し世界の人々の心を捕らえ繋いでいった。音楽が民族のアイデンティティを目覚めさせ、革命にも繋がらせたのだ。
 
エストニアの奇跡的な独立後、人々は前にもまして民族の心を繋ぐ音楽や民具、装具、伝統行事等の大切さを知るのだ。破壊された民家や集落はその宝庫であったはず。それらを移築し再現する事。この野外民族博物館はそ集大成であるのだろう。散り散りになった民族の心と物の‥‥‥。
 


 

 
 

   

 

 

 


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