建築計画研究所 都市梱包工房

ARCHITECTURE DESIGN & CITY PLANNING OFFICE

 


 

 
第54話  バルト海の集落と住居
      街のファサードとサイン
 


 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
中世にも繋がるような旧い街並景観が保存され、今日まで残されている都市や集落はヨーロッパの国々ではさほど珍しくない。火災や風雨に曝され、儚く消えて行く木造の街並とほ異なる石の文化の特長とも言えよう。
 
しかしそれらが単に重要建築の歴史的街並保存としてのみだけでなく、人々の日常生活を支え、今日に生きた形で機能し利用されている都市や集落となるとその数は極端に少なくなる。エストニアの首都タリンの街は、その代表的な街と言ってよいだろう。街は中世そのままの姿なのだが、そこで繰り返されている日常はヨーロッパの最先端の動きでもある。旧い施設群のなかで最進の事務設備が置かれ、モダンなファッションに身を包んだ人々が活動する。それらの姿が少しも旧いハンザの街並みと違和感を感じさせないのだ。
 
タリンでの初日、ホテルのロビーでのことである。私達集落調査隊は皆この古風な街並で体験した新しい動きの印象に驚嘆しあっていた。「エストニアはソ連からの独立後、いち早くIDカードを取りれたらしい。現在インタ-ネットの使用率では世界のトップクラスとの情報も在る」と誰かが言った。独立後10年強しか立てないのに街は充実し、潤いに満ちているようにさえ感じたのだ。
 
ロビーで私達を興味深く見守っていた中年の紳士に、私達の疑問や街の生活について伺ってみた。「自由を大切に、何ごとにも前向きで、合理的な考えを持つのがエストニア人の特長です」さらにエストニアはバルトの最も開かれた国として、目覚ましく成長しているとも教えてくれた。彼は成長を築いたのは物ではなく、エストニア人特有の心(エストニア魂)であると私達に伝えたかったのだろう。
 
その中心地がタリンの街である。つまりタリンには中世以来充実した都市基盤が在るのだから、生かすも殺すもそこに生きて行く人次第で街はどうにでもなる。旧い街を建築を、単に美しさや歴史性の視点だけでなく、そこに生きて行く為に必要な物として捕らえる必要が在るのだ。何の為に残されたのか。人々が生きる為に必要だから残されるのだろう。紳士はそう私達に言いたかったのかも。私達は旅から旅のなかで基本的な集落探訪の理念を見失っていたのだ。
翌日からタリンの街で出会う全ての物ものが、私達に何かを訴え応答をせまって来るように新鮮に思えた。
 
タリンの街は高台にある城を中心にした支配者達の居住域(山の手)と、それに相対した市民の居住地(下町)に分けられる事は前回述べた。その高台の領域から下町には2本の坂道が設けられている。その1本を辿り下町に下りてみた。
 
下町は中世ハンザ同盟の商業地、居住地として13~15世紀頃に最も栄えた街である。南北に細長く卵型をしている。山の手同様、外周は閉鎖的な城壁に囲まれているが、内部の街の造り方は通りに面して開放的な様子を示していた。
 
道路に沿って建築が壁を接して並びあっている。通りはどれ一つとして直線的なものはなく、時にはうねるように曲り、広がり、狭くなりして、突然建築の一部に入り込んだりする。建築は各々に特長のある出入り口を設け、窓や開口部を飾っている。家々が競い合って優しい表情を通りに投げかけようとしているのだ。絵本の中のお伽話の国に舞い込んだような感じがした。ハンザの商業地や住区内は基本的には3階立て、ロフト付きの切り妻三角屋根が共通のモチーフで、それらが繰り返しながら街並を造っている。
 
街の北寄りの通りでファサードにアーチや、丸窓、壁に彫刻を施した一際美しい商家を見た。15世紀に建てられた住居らしい。ファサードに女性的な飾りが多い事からこの住居は「3人姉妹」と人々に愛称されているらしい。よく見ると丁度3階にあたる壁付近から鉄の突起が道路に向かって取り付いでいた。
 
不思議に思い道行く人に訪ねたら、「3階の倉庫に荷物を出し入れす時、クレーンを取り付ける為の突起である」との答えが帰って来た。隣の家にも同じような突起がついている。クレーンの突起は切り妻屋根下のロフト倉庫同様にこの街の共通のモチーフとなっているのだ。それは当時、ハンザ同盟の都市を伝える繁栄のサインでもあったのだろう。
 
エストニアの人々が中世ハンザの繁栄のサインに変わり、21世紀の新しい繁栄のサインを生み出す事はそれ程遠い事ではないのだろうと思った。
 


 

 
 

   

 

 

 


■LINK  ■SITE MAP  ■CONTACT
〒151-0053
東京都渋谷区代々木3-2-7-203
tel : 03-3374-7077
fax: 03-3374-7099
email: toshikon@eos.ocn.ne.jp