建築計画研究所 都市梱包工房

ARCHITECTURE DESIGN & CITY PLANNING OFFICE

 


 

 
第52話  バルト海の集落と住居
      美しい駅、タリンへの道
 


 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
バルトの国、エストニアへの旅はロシアの美しい都市サンクト・ペテルブルグから国際列車の国境越えになった。他にも海路でフィンランドから入る事や、もちろん空路もあるが予算の関係から列車になったのだ。
 
列車は一日置き、偶数日の夜行寝台車しかない。1991年までバルトの国々は旧ソ連の支配下にあり、領土の一部であったのだからもう少しスムースに国境越えが出来るかと思ったのが誤算であった。2日ほど余分にサンクト・ペテルブルグに滞在する事になった。
 
サンクト・ペテルブルグはレーニンの社会主義革命を記念して名づけられたかってのレ-ニングラードである。ピョ-トル大帝によって18世紀初頭に築かれた徹底した人工都市でもある。その街を歩いてみた。
 
ロシアの芸術、文学の道は全てこの都市に通じると言われるのは確かで、ロシアの地方都市には無い華やいだ施設が多く、人々が街中に溢れていた。その上モスクワにはない自由な雰囲気が感じられる。なかでも感激したのは駅舎の造りである。駅は都市と地方を繋ぐ場所でもある。広大なロシアでは駅こそ多様な人々の希望や夢を叶える玄関口として、築かれ必要があったのだろう。
 
そのせいか駅は街の何処でも個性的で美しかった。老朽化した駅舎が多いのだが、内部に入ると壁の隅々に彫刻が施されたり、アールデコ様式の照明や窓飾りがされていたり見事な空間である。
 
駅と言うより美術館か宮殿の佇まいを感じた。「素朴な丸太の小屋以外なにも無いロシアの寒村よリ、幾日も駈けてこの街に辿り着いた時、この美しい駅は人々にどのような感動を与えたのだろうか‥‥‥」サンクト・ペテルブルグの各駅はにはそうした人々の心の終着駅でもあったのだろう。
 
一夜が明けてエストニア行きの駅に向かった。この駅もかっては人々に感動を与えたのだ。駅舎は一部が改修され表は美しくなっていた。しかし表に比べて裏手のホーム内は荒れて悲惨な状態であった。これが現実なのだろうか。ホームに所狭しと屋台が立ち並ぶ。照明と言えばそれらの屋台の灯りくらいで無いに等しい。だからその屋台の灯り人々が群がる。労働者風の若者、太った老婆、荷物を沢山抱えた家族ずれ、民族衣装を纏った人、皮膚の白い人、黒い人、黄色い人‥‥‥。すごい人込みである。
 
人の顔さえ判別出来ない薄暗闇、その中で巨大な鉄の塊のような列車が屋台の灯りで光って見えた。見るからに無愛想で旧い型の列車だ。ここはおそらく7~80年前の創設期頃と何にも変わってないのだ。
 
発車時間近くなると、暗闇で待っていた乗客が列車の入り口に殺到する。子供の泣き声がする。老婆の叫ぶ声がする。順番など無い。速い者、強い者が勝ちなのだ。何やら戦争後の引き上げ列車のような状態である。駅の表での甘い感傷はすでに消え去った。やっとのことで乗り込んだ寝台車、しかしその中はさらに悲惨であった。指定席であるのに指定席が無い。いや指定席と言う概念が人々にないのだ。自分の席にすでにロシアの黒い瞳の女性ならず、グレイに濁った瞳の太めの女性が座り込んでいた。
 
「あのう、すみませんそこの席私の席なのですが」と切符を見せながらその女性に優しく訴えた。しかしその女性は私を睨み「××××××!」のような答えを早口でまくしたてるのだ。こちらも必死で日本語で声高に返す。一つの席を巡る国際論争なのである。
 
そのうち黒山のような人だかり。その騒ぎを嗅ぎ付けやっと車掌が来てくれた。車掌の説得で女性はその席が自分の席で無い事を説得されるが、どうしても納得出来ないらしく「××××××!」の不満をまくしたてドアの外に消えたのだ。広いロシアの中で生き抜くにまず自分の主張を通すしか無いのだろうか。優しい日本人には辛い国際コミュニケーションであった。
 
ロシアの旅を振り返ってみると各地で同じような体験を幾度かした。その疲れのせいか列車の軋む音にも悩まされる事なく、固いベッドの上で泥のように寝込んでしまう。明け方の4時頃、誰かが身体を揺する。起きると暗闇に軍服男が立っていた。パスポートチェック。国境が近いのだ。
 
パスポートのみならず、手荷物やリュックの中までチェックされる。まるで犯罪者扱いの出国であった。エストニアへの入国はそれに比して、全てに優しく思えた。あの美しい駅舎を持つロシアもかっては訪れる人々に、このようであったのだろう。独立してわずか十年たらず、これほどに国が変わり人々の心が変わるものなのか。朝靄の中でタリンの街が輝いて見えた。次回はそのタリンの街です。
 


 

 
 

   

 

 

 


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