建築計画研究所 都市梱包工房

ARCHITECTURE DESIGN & CITY PLANNING OFFICE

 


 

 
第49話  炎の葱坊主 北ロシアの集落
 
 


 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
人の住む建築が家なら神の住む建築は教会であろう。家は人が、その家族が住み易くなるように築かれているのだが、教会は神が住み易いと言うより、むしろ神の存在を感じられる建築を目指している。
 
だから教会内部も需要であるが、外に向かって示す教会そのもの外形がより重要で、目に見えない神の威光を伝えるものとして、その形象化が大切になってくるはずである。教会建築の大胆な外観や狂気にも思える多様な形状は、そうした目に見えない神の建築的表現とも言えよう。求める神や、民族性、自然環境の違い等が強く投影されてそれらはより先鋭な形状をとって行く。ある意味で人々の暮らしの感覚からは無縁だから、人間から見るとスケールアウトな建築になる。
 
それが訪れるものの心を捕らえ、心を高揚させてくれる。人間の技とは思えないようなその姿を見ていると、神を信じない者までが神を何処かで信じてしまいそうな、不思議な感覚におそわれる。
 
北ロシアのカレリア地方キジー島に、屋根に22個もの小さな球形ドームを抱いた木造の教会が在ると聞き訪ねてみた。と言っても広大な国ロシア、北の古都サンクト、ペテルブルグから夜行列車に乗り9時間弱かけての移動である。一晩中貨車の揺れ軋む音に悩まされ続けた。眠れぬまま車窓から見る風景は暗い闇ばかり、時々明かりの中に樹々がフワ-と照らされ現れる。おそらくその奥に深い森があるのだろう。
 
北のロシアには我が国のような山がない。あるのは恐ろしい程の平坦な原野と深い森である。かって侵略して来たポーランドの大軍をこの森に誘い全滅させた森なのだ。時には犯罪者や、革命者達の隠れ場にもなり、農民達に取っては無くてはならない恵みの森でもある。少なくとも、17~19世紀の北ロシアの町や都市造りにこの森は無くてはならないものであった。
 
さて話をもとに戻そう。ヨーロッパ第ニの大きさのネガ湖の港町に着いたのは早朝の6時半であった。まだ8月半ばであるが肌をさすような寒さ、北ロシアの短い夏はもう終わりに近づき湖畔は秋を迎えていた。キジー島にはここからフェリーに乗りさらに1時間半の旅になる。トータル10時間強、移動と言うよりちょとした海外旅行である。
 
キジー島は島全体がなだらかな丘陵で、深い草むらで被われている。白樺や、松に似た樹木が疎らな林となって湖畔沿いに続いている。その林をくぐり抜けると丘の頂上に目指す教会が現れる。
 
近ずくに従って単体に見えた教会は、三棟の異なる塔状建築の集合体である事が分った。三棟は見る角度によって、時には離れ重なり、見事なアンサンブルをかもし出している。22個の葱坊主を持つ塔はプレオブラジンスカヤ聖堂で高さ37m、1714年に築かれた木造建築であった。しかも当時の北ロシアの建築のほとんどが、丸太や角材を横に積み上げた校倉建築(いま流に言うならログハウス)であるように、この聖堂も丸太を下から上へ、6層のピラミッドに組み上げたログハウス建築なのだ。その隅々の屋根に葱坊主を載せている。おそらく世界で最も高層のログハウスであろう。相対してその50年後くらいに建てられたバクロビスカ教会、同じように校倉造りで8画形の塔屋に葱坊主が林立している。
 
プレオブラジンスカヤ聖堂を別名、夏の教会と呼び、こちらは冬の教会になる。その二つの建築の間に鐘塔が立っている。聖堂、教会、鐘塔、その三つの建築を木塀が囲み、あたかも一つの建築体のように見せているのだ。三つ塔のアンサンブルは、遠望すると燭台の上で燃え盛る蝋燭のようにも見える。これは丘の上に建つ炎の建築ではないか。
 
炎の葱坊主はカレリア地方のヤマナラシを板状にし張上げたもので、その数3万枚にもなると言う。これといった道具のなかった時代、カレリア地方の大工が手斧一つで全てを築き上げたのだ。このキジー島のアンサンブルは、北方ロシア正教会のシンボルとして島内の人々だけでなく、湖の他の島々から舟を漕ぎ多くの村人の礼拝に利用されていた。
 
聖堂は単に祈る場所だけで無く、時には湖が凍りで閉ざされ村に戻れなくなった人々の休憩、宿泊の場にもなったらしい。おそらく厳冬の白銀の大地の道標や、湖を行き来する舟の灯台としての役割をも担っていたのだろう。
 
人々に取ってそれは神の館であると同時に、心の灯火でもあったのだろう。炎の葱坊主としての‥‥‥。
 


 
 
 

 
 

   

 

 

 


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