建築計画研究所 都市梱包工房

ARCHITECTURE DESIGN & CITY PLANNING OFFICE

 


 

 
第38話  バリ島.2 水田のピラミッド・ライステラス
 
 


 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
珊瑚礁の海から山へ、車は煙りを噴いて走る。バリ島は丁度四国の2/3程の大きさだから、海岸線から島の内陸部に向かうのにはそれほどの距離ではない。しかし山の斜面がきついせいなのか、私達の乗る車の性能が悪いせいなのか、いっこうに目的地に辿り着かない。
 
急な登りの山道では、時々村人の乗る自転車にさえ追いこされてしまうのである。案内人けん運転手のU氏は、しきりに小柄な身体を揺すり苛立ちげに、自転車に向かって何か叫ぶのだが利き目がない。現地の言葉でのやり取りで詳細は理解出来ないが、どうも相手の嘲笑をかっているのは充分に読み取れる。
 
急ぐ行程でないので、ノロノロ走る車から見るバリの農村景観は、稲の収穫を行う所もあれば田植えをしている所も在ると言うように、自然全てに春と秋が同時に進行しているようで見ていて楽しい。案内人のそうしたやり取りも長閑で退屈しない。がしかし、長閑さも登り坂のみで、車が山の下り道になると恐怖に変わるのだ。
 
今までの鬱憤を晴らすかのように、車が猛スピードで山を駈けおりる始める。U氏の顔は心無しか輝き、目は座り、鼻歌混じりで奇声すら発するのだ。その上、時々ハンドルから手を離し早口で、助手席に乗る私に勝ち誇ったように、何かを話しかけるのだ。これには参った。「危ない、前を見て運転をして下さい」もう次の登り坂が来るまで車は止まらない‥‥‥。
 
話を本題に戻そう。こうした山越え、谷越を幾つか繰り返した。やがて車がやっと通れる程の尾根沿いの道に出る。時々道路の両側に茂る樹木の枝越し彼方に、蒼い海が見える。車はかなりの高い尾根沿いを走っているようである。熱帯の大きな茂みが切れて、突然両側が一面の切り立った斜面になった。
 
目的地のバリ島の棚田、ライステラスに出たのである。斜面は巾にして1~3m程の帯状をした雛壇に耕されていた。水田の小さいものは畳み一枚程、各々が水を張り、うねり連なりながら、遥か彼方の山の斜面へと続いている。
まだ早苗もあれば、緑に萌える棚田もある。細々と重なりあいながら、下から上へと斜面全体に続くその姿は、まるで月の光を浴びて輝く巨大な魚の鱗のようにも見える。棚田は日本にもまだ沢山残されている。がしかしこれほど手入れの行き届いた棚田を見た事がない。
 
棚田に小さな小屋が見えた。丸太の柱を立て、屋根には椰子の葉を載せた粗末なものである。地上1m程の所に竹簀子の床を取り付けてる。水田作業に疲れた時の休息の場にでも利用するのだろうか、それとも稲の生育を見守る場なのか、よく見ると棚田のあっちこっちに築かれていた。バリ島は住民の90%もが農業で生計を立てていると言う。その熱心な農業への想いがこの棚田から伝わってくる。
 
それにしても始めて見るバリ島の棚田景観なのに、懐かしい風景にでも出会ったように心が和む。稲のルーツは幾つか取り上げられているが、いずれにしても稲作は数千年前、中国揚子江の下流で盛んになり、東南アジアの諸地域に、そして日本へ渡って来たに違いない。
 
この光る棚田の風景の奥には、私達の国と何処かで数千年を溯る稲にまつわる同じルーツがあり、その共有する喜びや労苦が水田景観となって、私達の心を打つのだろう。バリ島ライステラスは、棚田は、幾百年もかけて築いて来た人々の、血の滲むような労働の結晶なのだ。棚田を山で米をつくる為に築いた、農民のピラミッドとはよく言ったものである。まさに人々の汗や涙のピラミッド、しみじみ美しく貴い風景に思えた。
 


 

 
 

   

 

 

 


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